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仙台高等裁判所秋田支部 昭和27年(ナ)2号 判決 1955年6月30日

原告 菊地久輔 他一名

被告 秋田県選挙管理委員会

主文

原告両名の請求を棄却する。

訴訟費用は全部原告両名の連帯負担とする。

事実

原告訴訟代理人は本訴請求の趣旨として「原告両名から提出された昭和二十七年二月二十二日執行の秋田県山本郡粕毛村々長選挙に於ける当選の効力に関する訴願につき被告が同年十月二十日付を以てなした裁決は之を取消す。

右選挙に於ける佐々木忠之助の当選を無効とする。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

第一、本件訴訟は訴訟条件である異議訴願を経て適法に提起されるものであること。

一、原告両名は昭和二十七年二月二十二日執行の秋田県山本郡粕毛村々長選挙の選挙人名簿に登録された選挙人であるところ、右村長選挙に於て佐々木忠之助は七百二十五票の得票があり、次点者川村福五郎の得票六百八十六票よりも三十九票の多数得票者として当選人と決定されたが(次項に詳述するように)当選人となつた佐々木忠之助の得票中には少くも四十八票の無効投票があるので之を差引けば同人の得票は六百七十七票となり川村福五郎の得票よりも九票少く従つて川村福五郎こそ当選人で佐々木忠之助は次点者であるべきなので原告両名は右選挙に於ける当選の効力に関し、

(一)  昭和二十七年三月六日粕毛村選挙管理委員会に異議申立をしたが同委員会は同年四月二日付を以て理由にならざる理由を附して之を棄却したので、

(二)  更に同年四月二十三日被告秋田県選挙管理委員会(以下被告委員会と略称する)に訴願したところ、被告委員会は四十八票の無効投票を確認しながら(慢然六月も放置して選挙法の改正を待つた上)同年十月二十日附を以て該四十八票は帰属不明の潜在無効投票なりとかたづけ改正法に従い佐々木、川村両者の得票から按分して差引けば結局当選に異動なしとして右訴願を棄却し該訴願の重点である投票書替の不正事実を究めるところがなかつたのである(甲第一号証)

而して右被告委員会のなした棄却の裁決書は十月二十七日原告両名に送達されたので更に審理を仰ぐため本訴に及ぶものである。

第二、当選無効の原因たる争点事実。

一、右村長選挙に於て有効投票とせられた不在者投票は総計百八十二票あつたのである。

(一)  ところで(後に詳述する通り)選挙執行の前々夜不法にも右不在者投票中川村福五郎の投票を悉く佐々木忠之助に書替え全投票を佐々木忠之助の投票とした不正事件が惹起された、

然るに右百八十二票中には書替えとは全く別の理由で当然無効な四十八票が存在することは被告委員会の承認するところである、従つて原告等は右被告委員会の承認する四十八票の無効票は佐々木忠之助の投票からのみ差引くべきものであり、さすればそれだけでも同人の当選は無効であると謂うのが本件主張の骨子である。

(二)  之に対し被告委員会は原告主張のような不正事件は之を認め難い故右百八十二票の投票の帰属は不明であり従つて其の内に含む前示無効の四十八票も亦帰属不明の潜在無効票となる(から原告の主張を認容し難い)と謂うのが裁決の要旨である。

従つて主たる争点は投票書替偽造の有無に帰するのであるが以下順を追うて叙述する。

第一点、四十八票の潜在無効投票の無効原因

(1) 当選人佐々木忠之助は前期即ち昭和二十三年以来昭和二十七年に至る四ケ年間粕毛村々長の職に在つた関係上村役場を腹心の徒を以つて固め殊に妻同志が姉妹の関係に在る桐越幸助を役場庶務係書記兼粕毛村選挙管理委員会書記の要職に据えて昭和二十七年二月二十二日の村長改選に臨んだが、該選挙に於て其の形勢必ずしも楽観を許さざるものがあつたところ、幸助は義兄忠之助をして当選を得せしめる目的の下に左のような不正を働いたのである。

(イ) 選挙人菊地正治外十七名(別表第一)は或は他都市である北秋田郡鷹巣町に出稼中とか選挙当日秋田市に旅行中とかの理由で公職選挙法施行令(以下令と謂う)第五十六条の規定によつて選挙人が登録されている選挙人名簿の属する市町村(粕毛村)に於て不在者投票をしたものであるが幸助は之等選挙人に威圧を加えて義兄佐々木忠之助に投票せしめるべく、

(ロ) 村選挙管理委員会が令第五十六条第五項の規定に従い投票所として村役場応接室を指定したのに幸助は恣に村役場の事務室其の他役場職員環視の室の空き机を投票用紙記載の場所に当て然かも令第五十六条第二項の規定に背いて村選挙管理委員会書記の資格で自ら投票管理人となり立会人もなく監視人然と控えて投票させたのである。

(ハ) 然かのみならず十八票の中十一票は本来同郡内の他町村に職務上一時滞在又は旅行等の理由で不在者投票用紙等を請求したものであるから無資格者としてこの不在者投票を拒否すべきであるのに違法と知りながら義兄の同情者と知るや敢えて同人等をして投票せしめたのである。

(2) 選挙人武藤伝一郎外十四名(別表第二)は在宅投票をしたものであるが同人等は無能力者又は執筆不能の重病者であることは村内周知の事実であり殊に幸助は役場庶務係としてこれらの事情に精通しながら村選挙管理委員会書記として不在者投票事務を管掌するところから義兄忠之助の同情者の系統と知るや其の投票は他人の代筆であることは明瞭であり殊に不在者投票用封筒も他人の代筆であることを明認しながら之を有効として受理したのである。

(3) 桜田カン外十六名(別表第三)は令第五十八条の規定に基き歩行困難等の理由で在宅投票をしたものであるが全員文盲無筆であつて自署すら出来ない者であり到底候補者の氏名を書き得ないから該投票は何人かの代筆による投票であることも亦村内公知なのに幸助は前同様の理由で受理し殊に不在者投票用封筒の筆蹟は明らかに同人等の自署ではなく代筆であることを察知し得たのに敢えて之を拒否しなかつたのである。

(4) 而して右違法な四十八票は何れも右選挙に於て故意に有効投票とせられたのであつた。

然し前掲原告等の訴願に於て被告委員会が審査した結果(訴状正本に添付する甲第一号証の県報所載の通り)何れも原告等主張事実の通りであつて無効と判断せらるゝに至つた。

(5) 而して被告委員会が右無効と認めた四十八票中畠沢松蔵(別表第二に掲記)山田ノエ、畠沢ユキ(別表第三に掲記)の投じた三票に付ては被告委員会の裁決理由たる別表「審査の結果」の欄に明記する通り同人等は全く投票した事実がないのに恰も同人等が在宅不在者投票をなした如く選挙に関する書類が調整され然も何人かによつて同人等の名によつて偽造された投票が投ぜられて居ることが明瞭になつて居るのである。

(6) 然らば被告委員会は此の事実によつても右選挙には重大な不正と偽造投票のあることに確証を得て居るのみか原告等から(次点に詳記するような)物的確証である偽造投票(甲第二号証の一乃至三)を示され、偽造投票殊に六十五票の書替えを指摘されながら敢えて(該不正に関する刑事々件が大赦により不起訴となるのを待ち)「何等証拠なし」と一蹴した処置は到底原告等の承服し難いところであり該事実が本件の主たる争点である。

第二点、不在者投票を書替えたことに因る無効。

(1) 前記桐越幸助は前示不正の方法を以ても猶義兄佐々木忠之助の当選を期し難い状勢と察知するや遂に非常手段として右選挙執行の期日である昭和二十七年二月二十二日の前々日である二十日夜九時頃宿直でないにも拘らず宿直員である山本一郎を退去させ自ら宿直室に入り更に同夜十一時頃同村役場書記菊地なみを招致し両名共謀の上役場応接室に箱に入れて保管されてあつた不在者投票全部を箱ごと宿直室に運び入れ人なきを倖い両名協力して翌二十一日午前三時頃迄の間に不在者投票用封筒を開封して投票を点検した上「川村福五郎」に対する投票を悉く破棄し「佐々木忠之助」と書き替え偽造し其の全部を佐々木忠之助の得票に変じて了つたのである。

(2) 処が翌朝山本一郎が去つた後宿直室に於て明かに菊地なみの筆蹟である「佐々木忠之助」と記載した投票三枚(甲第二号証の一乃至三)を発見拾得し茲に前夜投票が偽造された事実を知り同僚桜田隆之助に之を告げ同人が菊地なみにつき調査した結果遂に同人の告白により少くとも六十五票は佐々木忠之助に書き替えられた結果不在者投票は全部忠之助の投票となつたことが確認されたのである。

(3) それならば右書替偽造投票の数を確定する迄もなく不在者投票百八十二票全部の帰属が佐々木忠之助の得票であるが故に前掲争点第一点に詳述した無効の四十八票も全部同人の票からのみ之を差引かねばならず従つて前述の通り同人の当選は無効となるのである。

第三、結論(附予備的に主張する選挙無効)

一、叙上の次第故被告委員会の裁決の取消を求めるものであるが右選挙に於ては

(一)  既に被告委員会も認める通り選挙の規定に反し「立会人なくしてなされた投票」が十八票「偽造された投票」が三票あり、

(二)  更に村選挙管理委員会が不始末千万にも本来枚数を数えて厳重に管理し門外不出たらしむべき投票用紙を選挙の執行前外部に散乱させ然かも村役場内に投票期日前投票用紙に前月迄村長であり候補者である「佐々木忠之助」と役場書記が記載済の投票が用意されてあつて其の内三票が拾われ現に原告の手中に在つて本件に物的証拠として提出される状況に照らすときは右村選挙管理委員会が選挙執行前早くも一部無筆の選挙人に投票用紙に予め佐々木忠之助と記載したものを配布して投票せしめた疑十分であり、従つて投票用紙の紛失枚数如何によつては選挙無効たるやも測り難き事案につき慎重なる御審理を仰ぎ度い次第である。

(立証省略)

被告秋田県選挙管理委員会(以不被告委員会と略称する)の指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因第一のうち異議申立及び訴願が適法になされ、裁決書の送達が昭和二十七年十月二十七日であること本件選挙において有効投票に算入されたと推定される投票中に四十八票の無効投票が存在し、該投票が潜在的無効投票であつて公職選挙法(以下単に法と云う)第二百九条の二の規定が適用されるものであることは認めるがその他は認めない。

つぎに原告主張の第二当選無効の原因たる事実の第一点に関する争点は結局四十八票の潜在無効投票の処理の問題であり、これは法附則第二項(昭和二十七年法律第三百七号)により法第二百九条の規定が適用されることによつてその結論は明瞭である。ただ原告主張の第二の五の畠沢松蔵外二名の投票については、本人等が投票したことを知らなかつたことは争はないが、これから直に選挙の管理機関において偽造したものと結論するのは失当である。第二点の不在者投票の書替については、裁決書(甲第一号証)に詳述したように関係人等は原告等主張の事実はすべて無根であると明言しているから、むしろ原告等がその主張事実を捏造したものではないかと疑はざるを得ないと述べた。(立証省略)

理由

職権をもつて調査するに、本訴請求は、原告両名が提起した昭和二十七年二月二十二日執行の秋田県山本郡粕毛村村長選挙において当選人と決定した佐々木忠之助の当選の効力に関する訴願に対し、被告秋田県選挙管理委員会が同年十月二十日付をもつて右佐々木忠之助の当選を有効としてなした訴願棄却の裁決の取消を求める訴訟である。

ところが、本件記録中の昭和三十年四月七日付秋田県地方課長の回答書によると、右粕毛村は同県同郡藤琴村と合併し藤里村となり昭和三十年三月三十日をもつて消滅したことが認められるので、本件選挙における当選の結果取得する粕毛村村長の地位は同日右合併によつて失はれたものというべく従つて原告両名が佐々木忠之助の当選の無効を主張して前記裁決の取消を求める法律上の利益もなくなつたものといわねばならない。

(なお原告等は予備的に選挙無効を主張しているが、当選の効力を争う訴訟において選挙の無効をその原因として主張することは許されないところであるからこれは裁判所の職権の発動を促す趣旨と解すべきであり、しかも前叙の理由により本訴請求の実体について審判すべきではないから、当裁判所が職権をもつて選挙無効の判決をなす余地はない)

よつて本訴請求の実体について審判するまでもなく、本訴請求は法律上の利益なきものとして棄却すべきであり、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用して主文のおり判決する。

(裁判官 浜辺信義 岡本二郎 兼築義春)

(別表省略)

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